We are Rhino Inc.

Company
Profile

01

The story of Rhino Inc.

ライノはどのようにして成長してきたか?

蔡 俊行

株式会社ライノ 代表取締役。雑誌『ポパイ』のフリー編集者を経て、1994年に有限会社ハッスルを設立、2006年に社名を株式会社ライノへ変更する。主にファッションブランドのブランディングやマーケティング、企画・制作を行う。自社WEB媒体として、ファッション・ライフスタイルメディア『フイナム』、『ガール フイナム』を発行。

編集の仕事を始めておよそ30年になります。キャリアのスタートはマガジンハウスの『ポパイ』編集部。80年代の半ばすぎにフリーランスの編集者として編集部に籍を置き、自身で会社を立ち上げるまで在籍していました。当時はいま言われている出版不況がウソのような好景気。広告枠は常にいっぱいで、発行部数も公称で40万部以上。スタッフは皆毎月の編集記事以外にもタイアップを数本抱え、連日の徹夜はあたりまえ。入稿日に限らずいつも編集部の片隅や廊下には倒れている人がゴロゴロいました。ファッションを担当していましたが、タイアップでは家電、クルマ、飲料などのクライアントさんの仕事も数多く手伝いました。ライフスタイルを演出するのは、ファッションだけではありません。

94年、仲のよかったスタイリストたちと仕事場を持とうと代官山に小さなオフィスを借り、会社を立ち上げました。これが株式会社ライノの前身です。独立後も編集部との関係は続き、編集ページやら広告制作、あるいは一冊まるごとムックなどの制作にかかわりました。転機はマガジンハウスの企画制作局からいただいたコンペ。広告代理店と組んで、山口県にあるファッション小売業の広告戦略を練るというものでした。先方でのプレゼンは社長の評判もめでたく、すぐに我々が仕事をいただけることになりました。いまでは世界的なSPAに成長した会社ですが、当時は服飾小売業で次なるステップの足がかりとして新たな広告制作・イメージ戦略チームを求めていたのです。一地方の小売チェーンとはいえ、当時すでに国内におよそ300店舗、売上も800億円以上の規模。その会社のほぼすべての広告などの一切合切を一手に引き受けることになりました。スタッフを増強し、ハウスエージェントのように対応しましたが、数年後先方のSPA事業が拡大するとともに弊社の扱いは減っていきます。東証一部に上場し2000億規模のなった会社に対応するにはこちらは小さすぎたのです。

受託のみで会社を運営するだけでは、限界があると考え、自社で直接エンドユーザーとコミュニケートできることはないかと始めたのが、WEBマガジンの『フイナム』です。2004年、どこよりも早くメンズのファッションに特化した媒体は、その後Yahoo! FASHIONとの協業などを経て、大きく成長しました。そして日本を代表するメンズファッションWEBマガジンのひとつになりました。同時に、この媒体のコンテンツ作り、イメージ作りが評判を呼び、あらゆる業種の方々からコンテンツ・WEB制作の依頼を受けるようになりました。今年の2月より『ガール フイナム』という、女性向けの媒体もスタートさせています。

ファッションに特化した制作会社。

外部からはよくそんな見られ方をします。しかしぼくらの得意分野はファッションだけに留まりません。会社の規模もいつのまにか大きくなり、スタッフも増え、バラエティに富む趣味嗜好を持った人たちが集まっています。編集からスタートした会社ですが、いまではWEB制作部、グラフィック・エディトリアルデザイン部も立ち上げ、垂直統合的にコンテンツ作りや販売促進のお手伝いができる体制になりました。顧客の方々に「ひとつ上を行くライフスタイル」をご提案するお手伝いをさせていただきます。

蔡 俊行

株式会社ライノ 代表取締役。雑誌『ポパイ』のフリー編集者を経て、1994年に有限会社ハッスルを設立、2006年に社名を株式会社ライノへ変更する。主にファッションブランドのブランディングやマーケティング、企画・制作を行う。自社WEB媒体として、ファッション・ライフスタイルメディア『フイナム』、『ガール フイナム』を発行。